日本画を描く上で古くから展色剤として用いられてきた膠。最近では動物由来ではない代用品も用いられるようになった。
“岩絵具を紙に定着させる”という影の役割を担っているので、それがどのように作られ私たち作家の手元にやってくるのか、今まで特に意識してこなかった。
このところ素材そのものに焦点を当てた展示や書籍の刊行などが続いている。それは
絵描くことを下支えしていた伝統産業の衰退が、至るところで目に見え始めたからであろう。
当たり前に制作することが出来なくなる未来が、すぐ目の前に迫っている。
古くから様々なシーンで必要とされていた膠も、例にもれずその一つ。
どんな環境のもとで自然資源を生かして作られてきたのか、この機会に実際に見てみたいとの思いから、現役の作家や学生数名で姫路市内の大﨑商店へ伺った。
大﨑哲生 / 1958年(昭和33年)に開業したゼラチン原料商「大﨑商店」の二代目。川漬け製法の伝統技術の復元に力を注いでいる。2011年頃より膠文化研究会主催の古典的膠製造体験を行なっている。
出迎えてくれた大﨑哲生さんは、古典的膠製法を再現すべく、現地の仲間と共に10年に渡って試行錯誤されてきたそうだ。
鹿と牛の生皮を、薬品を使わず川漬けして脱毛処理する。流れや水質など川の恩恵を受けて毛穴から見事に毛が抜ける。その分解具合を、水流や気温、川漬けの期間などから見極め、毛の抜け具合を頼りに判断する。
皮と所縁の深いこの場所が、姫路を流れる市川の水と目に見えない作用が、薬品等を使用しないで製造する膠を成り立たせる前提となっていた。
3月とはいえ季節外れの暖かさの中、皮が腐らないうちに素早く引き揚げ、手作業による脱毛と油脂除去作業。
これは私達作家が想像もしなかった重労働。普段使わない筋肉を酷使し、丁寧に丁寧に、牛と鹿の一枚皮を膠作りに適した皮へと処理していく。大﨑さんから手解きを受けながらの作業。その時の皮の煮出し状態から臨機応変に作業工程を変えるところは、大﨑さんたちの経験の積み重ねによる判断だった。
より純度の高いコラーゲンを抽出するための下処理にもかなりの労力が必要。作業の後半に入る頃には、目の前にある液体の膠に並々ならぬ愛着が湧いてしまう程だった。膠に対してこんな気持ちを抱くとは‥
昼夜を通して鍋を見守り煮出す。短冊状の膠にするべく冷却と裁断をし乾燥。
あの大きな動物の脱け殻から、このような黄金色の接着液が抽出されることに改めて感動し、古典的な製法が一周回って新しくも感じた。手間を惜しまず膠を仕上げていく様子を見学させてもらい、その存在意義や価値、皮を革へと精製していく上での苦労や歴史を知る貴重な体験となった。
快く私たちを受け入れ、夜通しで膠を見守りレクチャーしてくださった大﨑さん、白鞣し革やその歴史について教えてくださったしゅんさん、美味しいごはんを作ってくださった奥様に感謝です。
まだ機械化されていない、人間と動物の距離が近かったころを思いながら、この膠を使う。
2023.10.29 山本志帆
膠文化研究会にて、2023年11月19日13時から公開研究会が行われるそうです。
今回お世話になった大﨑さんもお話されるそうです。
下記のページから申し込みが可能です。(2023年11月13日まで)
第15回公開研究会オンライン「膠 流転」