コラム 卒業生に話を伺う 長瀬香織さん

広島市立大学日本画科の卒業生・長瀬香織さんより、学生時代から現在の活動についてお話を伺いました。

生活と制作、研究と成果

浅埜 学生時代のリアルな話なんですけども、金銭面で結構苦しんで、勉強する限界を感じてしまうというか。アルバイトに明け暮れて時間を失っていって、どんどん状況が悪くなっていくっていうことが私はあった。

お金の確保とかどうされてましたか?財団とか応募してるのもあったんでしょうけど。

長瀬 多分私は市立大学の中で一番お金がなかった人だと思います。高校の時からアルバイトをし、学費や生活費の全てを自分で工面して親からの援助を一銭も受けませんでした。金銭面では苦労はしましたけど、色々な経験が積めたことは今となっては良かったなって思います。

浅埜 結構お金がないことでナーバスになったり諦めてしまうことが出てきたり。もう少し身近で相談できる人がいれば、視野が広がってくるのかなあ。

大橋 人生がしんどいのを美術や研究のせいにして辞めちゃう人もいる。それはなんか悲しい。みんなの人生と美術との関わり方がうまい具合に歩んでいけるといいなと思ってるんですよね。端から見てると長瀬さんはそれができてるように思う。

長瀬 辛かったといえば、私は子供を産んで絵の世界から取り残されちゃったと感じる時期がありました。

ただ子供を産むことでいいこともたくさんありました。子供を産む前は物事を悪い方向にもんもんと考えちゃう癖があった。でも子供がいると強制的に切り替えなきゃいけない。「今は子供の時間、絵の事は一切考えない」「今は仕事の時間」…とその都度頭がパッと切り替わるのが私にとっては良かったです。以前と比べ精神的に楽になりました。

山本 生活の中でリズムが切り替えられるっていうのは私とはちょっと違うけど、そういうママさん作家なんだぁって思った。それぞれですよね。私はぱっと切り替わらずに全部がだらだら同時進行みたいな感じ。

それでも色々、関心事が繋がってくんですよね。長瀬さんが言ったように、色んな興味と興味が繋がっていくみたいな話に似てる。

生活でやってたことが制作の方にも繋がって、「そういうことか!」ってわかる時があってそれが面白い。

文献とか読んで本格的に研究するっていうのではなくてふわっと知るんですけど。そういうちっちゃなことが絵に活きていくことが楽しくなるんですよね。

長瀬 全然分野が違うことでも自分の制作や関心事と繋がったりして、面白いなぁと思ったんです。それこそ和紙研の人たちと20年位の付き合いですが、今もがっつり和紙の研究をしていると聞かれたらできていないのが現状です。

私は博士論文発表時に「あなたは和紙を研究して、それがどう今の日本画制作にどう活きていますか」という質問をされることが多かったです。明確な答えは出なかったため、「今回の研究が何十年後かに日本画制作に繋がることがあればいいなと思います」と答えていたのですけれど、未だにはっきりとした答えは出ていません。

また、中国へは紙の研究+筆法の習得を目的として留学したのですが、それも「日本画制作への明確なつながりがあったか?」と言われると難しいところはあります。でも筆法を学んだことはすごく勉強になったし、中国の漉き場を巡ったことは、貴重な財産にもなりました。1年間学んだことは今後制作に繋がっていくと思っています。

浅埜 私もそれに結構悩みます。膠や和紙のことを知っていくのは楽しいけれど、正直自分の表現にはあんまり関係ないなってこともあるなと感じつつ…。これは自分の表現の限界なのか、それとも日本画教育のスタートで染み付いた厚塗りを自分が捨てられないだけなのか、と悩む時があるんです。

大学にいるとそういう答えが求められるじゃないですか。

長瀬 最後に成果や答えがどうしても欲しいのですよね。博士号取得の試験や和紙研の発表の時にも訊かれました。「中国やラオスなどの現地の漉場を廻ったことであなたの制作にどのような影響があったのか」と言われるのですけども、そこは未だ繋がっていません。切り離して考えていました。制作と研究を無理やり関連付けるのは難しいなぁっていう気がしたんですね…。

浅埜 研究の結果と目的が直結していけばいいですけれど。すぐに結果がでない研究…。

山本さんがさっき言ったように絵を通じて何かを知っていくというか…結果をはやく求めて逆転していくから苦しいんだろうなって。

私が大学院のころは模写科だったんですが、実際自分の表現が保存には良くないんだなーっていう後ろめたさも感じた。それはずっと考え続けることだなって思っているんですけど…。

大橋 表現するチャンネルをいくつか持っているといいのかな。我々は今まで日本画を教わって、日本画で活動してきているので。

特に今ここにいる亀川さん以外は全員院展に所属してますが、院展に出す絵を描く時に、どうしても作品として出力されるチャンネルが1つに偏っていきがちになる。

長瀬さんのやってる事を見てると、いろんな入力チャンネルが入ってるじゃないですか。

長瀬 わからないです笑

大橋 いろんな人と繋がってるっていう意味で。考古学的にも地域的にも。出力する場が複数あって関連しあい、いろんなことを試せる機会があるといいのかなって。

逆にいうと研究内容と活動が直結していないということも面白いのかなって思っているので。

昔観せてもらった動画が結構面白かった記憶があるんですよね。ただあんまり公に見せられるものではない場合もあると思う。

なんていうか政治的な枠組みを知るっていうことも結構重要なのかなぁ。我々がやってることのイデオロギー性に自覚を持つべきと思ったりもする。

長瀬 そのあたりは 難しいですね。一般公開してる宣紙工場もあって、観光客に作り方を見せているところもあるんですけども。

留学中にとにかく様々なツテを頼って30カ所位廻ったんです。安徽省、浙江省、四川省、福建省、雲南省、新疆ウイグル自治区など。

建省長汀県では竹紙の製造工程で竹を槽に入れて石灰をかけている貴重な場面も調査しました。

福建省長汀市 竹紙 2009年5月18日

大橋 そこがどんな場所で、どういう人たちがどんな生活をしてるのもあまり知らなくて。見せていただける機会があったらすごくいい。